道徳と「部落」という言葉。

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    道徳が正式な教科となるそうです。


    これまでは正式な教科ではなかった為に成績という概念が無かったのですが、これからは


    「道徳」


    には成績という概念がくっつくようです。




    僕は、生まれは大阪で小学校6年生の2学期の途中に鹿児島の小学校へ転校しまして、道徳はほぼ大阪スタイルを学んだ事になります。


    大阪の道徳のスタイルがどうだこうだというには比較出来るほど鹿児島の小学校の道徳をあまり受けてはいないのでそこらへんは置いておくとして、その大阪の道徳で学んだ内容を踏まえるとなかなかのカルチャーショックが鹿児島にはありました。


    そのカルチャーショックとは


    「部落」


    という言葉。


    大阪で部落という言葉はいわゆる


    「被差別部落」


    をさす事が多く、僕が受けた道徳の内容も


    「部落には差別を受けていた人達がいて、その人達にも分け隔て無く接しなければならない」


    的な事が書かれておりました。


    なので、大阪では子供ながらに部落という言葉を口にする事はタブーのようなイメージをもっていたのに、鹿児島では


    「部落の祭り」

    「部落の集まり」


    等、何かの拍子に耳にする事があり、そのたびに


    -ドキッ-


    っとしておりました。



    ある時、とある部落の祭りに誘われました。


    大阪の道徳の授業で部落とは散々差別を受けて迫害されていた人達が住んでいるという刷り込みを受けていた僕は、親に言えば反対されてしまうかもしれないという謎の概念から親に内緒にして祭りに行きました。


    別に、普通の祭りでした。


    それからなんかもやもやしつつも、そのもやもやを解消するきっかけもなく中学生になりました。


    中学生になりますと大阪弁も多少やわらぎ、それなりに秘密を共有しあえそうな友達が現れ、まあまあ決死の覚悟でその良かった同級生に


    「部落って…」


    と質問すると、要するに集落という意味だとわかりました。



    ちょっと話はズレますが、僕は


    「尋常性乾癬」


    という皮膚炎を患っております。


    アトピーみたいなもんなんですが、この病名を声に出すと


    「ジンジョウセイカンセン」


    と言うので、そのカンセンという言葉のイメージから


    「感染るの?」


    みたいな印象を与えてしまう事があります。


    その病名の知識のある人からすれば


    「乾癬はカンセンしない」


    ってのは分かるのですが、知らない人からすれば


    「カンセンという病名やから感染るかも」


    との印象をどうしてももってしまうので、人に聞かれた時には


    「アトピーみたいなもんです」


    と答えたりしています。


    ちょっと例えが分かりにくいかもしれませんが、鹿児島での部落の意味は集落をさすのに、大阪での部落の意味は主に被差別部落をさすので同じ言葉なのに受けた教育や知識によって意味合いが大きくズレるのはどないなんやろなあと思った次第です。


    今回のこの部落について書いたエントリーも、内容的には大した事をなんも書いてはいないのですが、なんとなくタブーな事を書いているような変なソワソワ感があるので、教育って凄いなぁと改めて思った次第でありました。


    はい。














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