ムカシノハナシ(自主映画編その2)

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    前回からの続き…

     

    当時、制作費やらなにやらはメンバーの持ち寄りで、機材等は長野泰隆、衣装等や小道具はYが担当しておりました。で、大きな金は僕が小口のスポンサーやパトロン的な人から集めたり借りたりしておりました。

     

    集めるといっても数万円レベルを何人かから集める程度ですので、大掛かりなものとなると書けないような仕事をして集めてこねばならず、クリエイティブな欲求よりも

     

    「威張りたい」

     

    という純粋無垢な邪心がモチベーションだった僕にとっては制作費の捻出なんて憂鬱以外の何物でもありませんでした。

     

    で、ただでも憂鬱なものを一発で100万ともなりますと憂鬱を通り越して逃げたくなるレベルでしたが、中学校から威張り続けていた相手に今さらヘタレる訳にもいかず

     

    「100万やな、わかった」

     

    と、事も無げに返事をし、金策に日夜動きまくっておりました。

     

    当時、パトロンの人でオカマのお姉さんがおり、そのお姉さんに相談したところ

     

    「1発5万」

     

    を提示されました。

     

    オカマの人はなかなか屈強な方が多く、下手な生返事をすると生きて帰れません。生きて帰るには抱くか断るかしかありませんでしたので即答で断ったのですが、いつも明るいオカマのお姉さんが意気消沈している様は見ていられず

     

    「抱っこだけならいいです、お金いらないです」

     

    と、仏心を出してハグしたらスライダー気味に投げられ、スナック規模の店内の狭いカウンターの下で貞操をかけたバーリートゥードが始まりましたが、運良く酒屋さんが来て事なきを得ました。

     

    書き忘れましたが、僕は柔道の黒帯でオカマのお姉さんはアマレス経験者なのでなかなかハイクラスな攻防でした。

     

    次に行ったのは右翼のおっさんでした。

     

    僕が某国の象徴の方を元にしたコメディを作った際に

     

    「不敬である」

     

    と、試写会に来場下さって以来の付き合いで、そのおっさんの抗議に対して命懸けの化学忍法口車がなぜか通用してしまい、愛国勤労芸術青年としてちょくちょくただ飯を食わせてもらったり道場で稽古をつけてもらったりしておりました。

     

    そのおっさんに相談しましたところ

     

    「100万は無理だが」

     

    と、10万円と米を貰いました。

     

    あと色々行きましたが無名の自主製作映画のグループにお金を出す人などいる訳もありませんでした。

     

    そら、全員鹿児島の人間なのに地縁も血縁も無い東京でまとまったお金を集めようとする事自体がおかしな話な訳で……

     

    と、思った時に一人だけその程度の金なら出しそうな奴を思い出しました。

     

    たった4年しか一緒に過ごした事がなかった実父、通称

     

    「成金野郎」

     

     

    (続く)

     

     

     

     


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