牛乳キャップカルチャーと僕。

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    小学校低学年の頃、牛乳のキャップで遊ぶのがとても流行っておりました。


    お互いに1枚づつ出してテーブルなり床に置き、両手をパンと鳴らすような感じで叩き、ひっくり返ったら負けみたいな遊びをしておりました。


    途中から強い牛乳キャップの作り方みたいなのをみな模索し始め、キャップをミシンの機械油に浸して乾燥させ、カチカチに硬くして更に鉄の板に挟んで極薄カチカチにした方法を僕が編み出すと、みなその手法を僕から聞き出そうとしました。


    昔のメンコを強くする方法だったのですが何故か誰も知らず、今思えばなんで僕も知ったのか分からないけれどその手法は教えずにそのカスタム牛乳キャップを10円で売っておりました。


    売れるのはよいのですが、当初は給食の牛乳からしか入手方法がなく、牛乳キャップカルチャーに参戦していなかった友達連中から1円で買い集めていたものの、品質の良さと確かな性能ゆえに生産が追いつかずに


    「20円出す!」


    という上得意様も現れ、希少性が徐々に増していました。


    当然、僕のカスタム牛乳キャップを手に入れたキッズ達はその謎を解きにかかりますが、何かを塗っている事には気付くもののミシンの機械油にはたどり着けません。


    それ故、ロウソクカスタムとか醤油カスタムとか、わけわからないカスタムが凄く増えていきます。が、佐波カスタムに勝る牛乳キャップは現れず、市場では30円から50円で取引されておりました。


    上で書いたように牛乳キャップはキャップカルチャー不参加児童から仕入れていましたが、牛乳キャップ版ゴールドラッシュを目の当たりにして彼らは僕に値上げを要求をしてきました。


    その額10円。


    当初1円だったものが10円、10倍です。


    しかも、キャップカルチャー不参加児童達はカルテルを組み、仕入れは10円固定となりました。


    仕方なく仕入れてはいましたが、佐波カスタム同士の牛乳キャップの戦いはそのあまりの性能の良さで休み時間内に決着が付かない等の理由から


    「3回負けたら1回使ってよい」


    というローカルルールを生んでしまい、ニーズが一気に下がり、市場価格は20円程度に下がった上に発注が減り、予約キャンセルまで発生しはじめました。


    こうなるとCC不参加児童から仕入れても意味は無く、今更ながら


    「5円にする」


    と言われても後の祭りでありました。


    牛乳キャップ遊び自体は下火になりつつも根強い人気を誇っていたので自分の給食で発生する牛乳キャップを加工して細々と商いを続けていたのですが、ある日牛乳CC界に新しい風が吹く出来事がおきました。


    それはフルーツ牛乳のキャップの登場です。


    ある日突然、学校のキャップとは違う牛乳のキャップを使うニューウェーブが吹き荒れました。となると話は早い。そのニューウェーブのパイオニアと話をし、ロッテの宝石箱というアイスと交換に仕入れルートを聞き出す事に成功しました。




    その仕入れルート、それは銭湯でした。


    当時の銭湯は80円くらいでしょうか。


    銭湯には牛乳キャップ捨て箱があります。


    何故か僕は銭湯にさえ行く事が出来れば


    「無償でフルーツ牛乳のキャップを入手出来る」


    との確信がありました。


    銭湯代をはらっても、フルーツ牛乳のキャップはノーマルですら20円で流通されていたので4枚でペイ出来ます。それ以上入手出来れば丸々利益となります。


    それはまさにエル・ドラド。


    しかし、いくつか難関がありました。


    僕の家にはお風呂があったのです。


    なので、よっぽどな事、たとえばお祭りなどの機会がないと親が銭湯に連れていってくれるはずがありません。一人で行くにしても当時小学校3年生くらいでしたのでかなりの勇気が必要でした。


    風呂釜を破壊する事も検討しましたが子供心ながら


    「それは一線を越える」


    という自覚があり、さすがに出来ません。


    となると、家に風呂が無い牛乳CC不参加児童と交渉せねばなりません。それはまた第二のカルテルを産み出す事を意味します。


    僕は悩み、考え、悶えた結果


    「ここはまっすぐ、銭湯のマスターと交渉しよう」


    と決意しました。



    夏休みだったかな。


    暑い日だった事は覚えています。


    チューペットを噛み噛みしながら銭湯へ向かい、飲み干すと暖簾をくぐり、いざ決戦。


    「銭湯は入れない、けれど80円払うので捨ててある牛乳キャップを全部欲しい」


    と、番台のマスターにストレートに伝えました。


    もう、すげえ怒られました。


    しこたま怒られてめっちゃ泣きました。


    要するに


    「子供なんだからそんな言い方じゃなく、くださいと素直に言え」


    って事でした。


    番台のマスターは紙袋に牛乳キャップ捨て箱の中の牛乳キャップを全て入れて僕にくれました



    「今回だけだ」


    との宣言付きでした。


    紙袋の中にはコーヒー牛乳のキャップやヨーグルトのキャップなど、もはや宝箱状態でした。


    このジャンルの仕入れは最後だと思うとカスタムに熱が入りました。特にフルーツ牛乳はキャップがオレンジなので機械油の浸し方が適当だとマダラが目立ちます。これ以上ないくらい慎重に慎重に複数回に分けて機械油を浸しました。


    しかし、そんな苦労は無駄になります。


    学校から牛乳キャップで遊ぶ事が禁止されたのです。


    更に追い討ちをかけるように駄菓子屋でも擬似牛乳キャップが販売されるようになり、権力による圧力と、ババアの市場介入により、牛乳CCは突然の終焉を迎える事となりました。


    しかし、この時の経験はのちにスーパーカー消しゴムのカスタムディーラー時代に活かされ、僕はこの世の春を謳歌するのですが、それはまた別の機会ということで…。


    はい。







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